川北稔(編)『知の教科書 ウォーラーステイン』(講談社選書メチエ)講談社、2001年
いつもながら成り行きから今更ながらに読んでみたウォーラーステイン入門。
本書は大きく四つに分かれている。最初の「生い立ちと思想」(13〜68ページ)では、ウォーラーステインの研究者としての軌跡を追いながら「世界システム論」の形成と発展を概観。続く「ウォーラーステインのキーワード」(69〜81ページ)では彼の理論のキーワードが解説されている。これらは最後の「作品解説」(209〜229ページ)とともに入門書・解説書としては、ごくオーソドックスな構成。
三番目の「三次元で読むウォーラーステイン」(83〜208ページ)は、内容の想像がつかないタイトルだが、本書の一番の読みどころだろう。編者を含む研究者たちが世界システム論の意義や問題点をそれぞれの専門分野に応用しながら論じている。
その中で、前に書いた記事との関連で興味深い論説があった。川北稔「イギリス風朝食の成立 —庶民生活史のためのウォーラーステイン—」(85〜102ページ)がそれ。「イギリス料理はなぜまずくなったか」の記事(2008年11月20日の記事)のコメントで次のようなものがあった。
他方、産業化の進展と紅茶を飲む習慣の普及が同じ時期に進行したとか何とか、何かで読んだ記憶がありますが、そこいらへんのところはどうなんでしょうかね?
これに対して、おぼろげな記憶をもとに「嗜好品として酒ばっか飲んでたら仕事に差し支えるから、紅茶を飲め、という流れがあったりして」と書いてはみたが、本書のこの論説でそのものズバリのことが述べられていた。
工場労働が浸透してくると、労務管理とか時間の規律とかが厳しくなっていく。それまでは職人たちは週末に痛飲・鯨飲し、日曜日はもちろんのこと月曜日も仕事をしなくてもいいという、ちょっとばかり羨ましいような慣習があった。しかし、工場ではきちんと就労時間が定められ、労働者もそれを遵守することが求められた。そこで、ブルーカラーの嗜好品として仕事に差し障るようなビールやエールにかわって紅茶が普及するようになったというわけである。しかもこの紅茶は砂糖入り。紅茶の葉っぱも砂糖も植民地産品である。ここで世界システム論と関わってくることになる。
個人的には「理論」といったものはあまり好きではないので、ウォーラーステインの著作も気を入れて読んだことはなかった。本書を読んで、もう一度多少とも本腰を入れてウォーラーステインの著作を読んでみようという気になった。
見事釣られたということになるんだろうが、そういう気にさせたということは、入門書としての役割を本書は十二分に果たしたということになるだろう。

2 コメント:
おおお!何やらそれらしいことを書き走った記憶のある者でございます!
そうですか~コレだったのですね~なんだか発掘いただきましてありがとうございました!
世界システム論の文脈で出てきてたのですね~いや~我ながら記憶とは頼りないものです。
にしても、改めてウォーラーステイン・・・勉強させていただきまして、ありがとうございました!
年忘れになるかどうかは分かりませんが、埃まみれの『世界システム論』・・・また開いてみますかね。
なにはともあれ、本年もたいへんお世話になりましてメリクリ!
来年もよろしくお願いします!
では。
コメントどうも。
> 世界システム論の文脈で出てきてたのですね
確かに本書では、紅茶の普及は当たり前ですが世界システム論の文脈ででてきます。
でも、多分、イギリス史、たとえば社会史なんかでは、労働との絡みで常識的なことなのかもしれません。
> なにはともあれ、本年もたいへんお世話になりましてメリクリ!
> 来年もよろしくお願いします!
こちらこそ、毎度毎度のコメントありがとうございます。
来年もよろしく、と言いたいところですが、年内まだ更新するかも……
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